大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和29年(う)1290号 判決

被告人 西村永太郎

〔抄 録〕

弁護人の控訴趣意第一について。

原判決がその理由において、罪となるべき事実の第二として。

「被告人は昭和二十八年十月六日窃盗被告事件につき起訴され墨田簡易裁判所裁判官奥平秀の発布した勾留状により代用監獄である向島警察署留置場に勾留中のものであつたが、同二十九年二月九日午後八時十五分頃同都墨田区吾嬬町西四丁目二十六番地所在の前記向島警察署留置場北側外部に取付けてあつた鉄格子窓の釘(昭和二九年証第二六二号の二)約十二本をバール(昭和二九年第二六二号の一)で抜きとり、これを損壊して留置場外に逃走したものである。」旨の事実を認定判示し、これに対し刑法第九十八条を適用していること、及び、逃走罪は看守者の実力支配を脱したときに既遂となるものであることは、いずれも所論のとおりである。而して、所論は本件の加重逃走罪が既遂となるためには、単に、留置場における看守巡査の目を離れただけでは足りないのであつて、看守させている向島警察署長の実力支配を脱して始めて既遂となるものであるのに、本件においては、被告人が脱出するや、同署においては直ちに緊急手配を行い追跡中、約三十分後同署管内においてこれを捕えたものであり、情勢上も時間的にも向島警察署長の実力支配を脱したものといえないから、未遂であつて既遂ではない旨主張するにより、案ずるに、本件のように、警察署の留置場を代用監獄に指定して被告人を勾留している場合における逃走罪は、単に留置場における看守巡査の目を離れただけでは足りなくて、その警察署長の実力支配を脱したときに始めて既遂となるものと解すべきことは所論のとおりであるが、このように看守者たる警察署長の実力支配を脱したかどうかの点は結局各場合における具体的事情にそくして社会通念に従いこれを決するの外はないものと考えられるところ、記録によれば、本件においては、被告人が原判示のように勾留中、昭和二十九年二月九日午後八時十五分ごろ、原判示のような方法で原判示留置場を脱出した上、更に同警察署構内より街頭に逃げ出して一旦その姿を晦ました後、約十五分を経過して始めて同署係員において右脱出の事実に気付き、驚いて緊急手配を行つた結果、右脱出後約三十分にして漸く右緊急手配により張込中の同署巡査らによつて逮捕されるに至つたものであることが認められるのであつて、被告人が同署構内にいた間、又は右構内を脱出すると同時に同署係員においてこれに気付き引き続き追跡中にこれを逮捕したような場合とはその趣を異にするものであるから、被告人が前示の如く、右警察署係員の目を離れて同署留置場外に脱出した上、更に同署構内より街頭に逃げ出して一旦その姿を晦ましたときにおいて、看守者たる同警察署長の実力支配を脱したものと認めることが社会通念上妥当であると考えられるのであつて、従つて、本件加重逃走罪はこのときにおいて既遂に達したものといわなければならない。してみれば、原判決が前示のような事実を認定判示し、これを刑法第九十八条加重逃走罪の既遂に問擬したことは、その既遂の点の判示に多少不十分の嫌はあつても、結局相当であるというべく、従つて原判決には所論のような違法はないから、論旨は理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!